アメリカの「いい加減さ」- Washington DCマリオットホテルでの対応から

ボーディングスクールの訪問を終えて、日本への帰途、ワシントンDCのダレス空港にあるマリオットホテルに泊まりました。日本でマリオットといえば、一般のビジネスホテルよりもワンランク上、ヒルトン、ハイヤットなどと同等の高級ホテルのイメージがあると思います。

 

そのマリオットですが、従業員はみな笑顔で気が利き、顧客満足度が高いというのは

日本での話でアメリカでは事情が違います。

 

ダレス空港のシャトルバス乗り場でマリオットのバスがちょうど出てしまったので、タクシーでホテルまで行きました。タクシーを降りると、なんと入り口が閉鎖されています。その情報は私たちが乗ったタクシーには行き渡っていません。

閉じている入り口にホテルマンは立っておらず、仮設入り口への導入の案内も注視しないとわからないくらいの小さな張り紙です。荷物をごろごろと引きずりながら、3回、案内の矢印をたどって、仮設入り口にたどり着きました。そこではじめて、従業員に案内されて「仮設ロビー」にたどり着きました。レストランも「仮設」で、驚いたことにロビーのソファーとテーブルを組み合わせて、食事をしている宿泊客がいました。

 

学校訪問をする親子のため、ダブルベッドの部屋を予約しましたが、その部屋にはベッドがひとつしかなく、部屋替えのリクエスト。朝食付きとフロントで言われましたが、食事の後に請求書がきました。ディナーをオーダーしたウェイターはスパークリングワインがボトルで頼めるかどうかも知らず、別のウェイターにオーダーすることになりました。

 

マリオットとは名ばかりではないかと私も同行のお父さんも思いました。

 

 

日本のホスピタリティーがいかに優れているか、世界のトップクラスと言いたいところですが、そこに泊まっている人たちが意外と平然としているのです。リッツやプラザホテルじゃないから仕方ないねという感じではありません。「改装中、あそう、じゃ仕方ないね」といった雰囲気なのです。ソファとテーブルを組み合わせて、レストランスペースからはみ出しても食べられればOK。改装部分が暗幕みないな布で覆われていても平気。閉ざされた入り口にホテルマンが立っていなく、A4サイズくらいの小さな矢印の誘導表示にもさらっと従い荷物を自らもぐずぐず言わない。

 

不便さの寛容度が日本とは明らかに違います。もしこのマリオットの改装案内不徹底さ、いい加減さがアメリカ人にとっては、OKであるのなら、ボーディングスクールの日々も日本の生活の常識とかけ離れていることがあるのではないかと私は想像します。

 

今までのボーディングスクールに留学した日本人留学生の代表的不満をいくつか挙げてえ見ます。食事が不味い。人は良くても、自ら言ったことをよく忘れる先生や生徒。借りたものを返さない、更には「返して」と言わないと使い続ける。子どもみたいにノリがよく、喜怒哀楽がはげしい。大げさな表現。優しくてもルールの適用には厳しいかと思えば、ハンドブック(学校規則)に書いてあることと実際は大変違う。

 

英語圏は日本に比べ「いい加減」なところが多いと思います。そしてこの「いい加減さ」は英語圏特有の文化なのだと思います。日本的に言えば「空気がよめない」ことかも知れませんが、彼らに言わせれば、「なぜ空気をよまなければいけないのか」となるでしょう。それを英語圏の人々に彼らのロジックで説明することは、私にとって大変難しいことです。

 

現実にボーディングスクールで学ぶ日本からの生徒たちはこのギャップをどのように捉え、そこでの生活に適応してゆくのでしょうか。その答えをひとつ、ひとつ探してゆくのが私の仕事であるのかもしれません。